先月、実家のある三重から京都に引っ越した以外、それほど変わったこともありませんが、昨日ようやく失業保険の受給手続きが終了し、9/8~68日間の給付を受けることができるようになりました。本来ならもっと早く手続きができてるはずが、京都へ転居したこと、前職が国家公務員だったこと等の理由により、こんなに時間がかかってしまった・・・
ホントは受給も全額もらいたいところだが、そんなに待っていたらホントにだらだら生活から抜け出せなくなってしまうカモ(><)ということで、手続きのためずっとできなかった就活をそろそろしようかと。昨日、ハローワークで目ぼしい産婦人科を2つ見つけたので、まずそこから。重い腰を上げて、シルバーウィーク明けから始動します。
さて、引っ越したところはマンションなのでお庭がないのですが、なんか植えたい!ということで、ベランダでプチ園芸してます。では、一部~
一番の目玉はコレ!「モリンガ」
あるNGOの方に頂きました☆ガーナでは、子どもたちとのパーティで振る舞うボールフルーツに入れてみるなど身近に存在していた栄養たっぷりのモリンガ。いざ、自分ちの庭にあると、いつが食べ頃・・・?という感じなのですが、アフリカやインドなどの亜熱帯植物なので、これから寒くなる日本で枯れないかちょっと心配・・でも、日本の栽培人口はそんなに多くないはず!部屋の中で育てようかな~
「ブルーベリー♪」
いつ実がなるのか不明。なったらラッキー★
「オリーブ」
ガーナでオリーブ好きになりました**
でも実をならせるためには、他のオリーブと交配させないといけないそうで、鑑賞用になりそうデス・・
「ラベンダー」
花が咲くと、かすかに匂いがします*^^*
「芽キャベツ」
ハーブが好きだけど、いざ食卓で重宝するものも欲しい!ということで。
ぐんぐん大きくなってます。プランターで間に合うかしら・・^^;
近い将来、主婦生活から脱出したとしても、全滅・・・(T_T)ということにならないように頑張ります。
協力隊から帰ってきて、今の時期は時間がある分、何かできるチャンスなのになぁ・・・と思いつつも、時間はダラダラ、でもあっという間に過ぎて行く^^; 働きたい気持ちはあるが、テレビを見て、ご飯作って、昼寝して、出かけるのは2日に1回くらいという生活もそんなに悪くないと思える最近。。ダレるのも程々にしとかないと、復帰できなくなるかな・・・
そこで、ちょっと刺激をもらおうと思い、先週末京都駅で開催されていた「国際協力ステーション2009」という催し物を見てきた。JICAをはじめ、主に京都を本拠地に活動している国際協力NGO、NPOのパネル展示と活動報告会。
1日だけ見に行ってみたが、大学生など若い人が多かった。報告会などを聴いていると、実際現地を見てきたからこそ報告者の意見に賛同できること、それはどうなんだろう?と疑問を持つこと、いろいろあったが、やっぱりこの分野のことに興味があるのだということは分かった。
お盆に引っ越しを終えて住民票を京都に移したら、ハローワークにも行きつつ、就職活動をしようと思う。病院で働こうと考えているが、それと同時にNGOやNPOとも関わっていければ理想的。だが、なかなか仕事を持ちながら、自分が興味を持って活動に参加できそうな団体を見つけるのも難しそうだ。まずは、これからの自分の足もとを整えなさい!ということかな。
とりあえずは京都の青年海外協力隊OB会に属させてもらって、情報をキャッチできるようにはしておこうと思う。
グラスカッターベビーが4匹生まれた!
さらにもう1匹、お腹が大きくなってきてて、あともう少しで生まれる!!
とのこと。
残してきたプロジェクトが軌道に乗りかけているという報告、とても嬉しかった。
朝1番にガーナからわざわざ電話をくれたことも、とても嬉しかった。
次は何匹生まれるかな^^
ガーナから帰国してはや1ヶ月。
早い。
特に何もしていないのだけど早い。年をとったから?
ブログも全然更新する気になれず放置だったけど、この度、ちょっと旅をして、やっと書く気になりました^^;
まず、最近していること…
☆とりあえずいろんな人と再会
★来月京都に引っ越しするので、その準備
☆ハローワークは行ったけど、引っ越すから拒否された
★実家でだらだら無職生活
引っ越したら、9月を目処に就職したいとは考えている。時間のたっぷりある今、フットワーク軽く、できることをやっておこうと思うのだが、この1ヶ月あんまり有効に使えた気がしない。でも色んな人達に会って刺激をもらいたいと思い、7月の3連休(帰国したら、海の日が3連休になってた…!)に関東方面に旅行してきた。
高校時代の友達に始まり、国際協力を考えるきっかけをくれた大学の先輩たち、二本松訓練所やガーナで一緒に過ごした友達と、実にたくさんの人と再会できた。3日間という短い時間ではあったが、ここ10年くらいの間に私に影響を与えてくれた人達に会うことで、自分が経てきた年代を振り返り、それぞれの人がそれぞれの人生を生きていることを知り、これから自分はまた自分の行き先を見つけていかなければいけないと感じた。今はまだ、ほんの先のことが不透明で、日本の社会で生きている人はスゴイなと思うし、自分がそこにうまく入っていけるかどうか、不安や焦り、迷いも正直ある。ガーナでの2年間が終わり、今年後半はいろんな変化が待っていて、勿論それに対する期待もある。正と負の気持ちが入り混じる中、今回いろんな人と出会って、これだけ自分と関わってくれる人たちがいることの幸せを感じ、きっとこれが今後大きな支えになると思った。
そんな気持ちで、旅の終わりに鎌倉を1人で少しブラブラし、おみくじは小吉だったけど、日本も良いな~としんみり感じた。
大学の先輩達と みんな凄い人たちです。
そして、この1ヶ月、考えることを延ばし延ばしにしてきたガーナのこと。東京から名古屋への高速バスの中で、1冊の本を読んだ。
実はガーナに行く前に買ったのだが、読んでてもなかなか実態が分からず、すぐ眠くなってしまい、ほとんど読んでなかったこの本。今読んだら、とても面白かった。一気に読み、もちろん名古屋に着く前に完読。
本に書いてある1つ1つの情景が、鮮明に頭の中でイメージできる。
例えば、
「雨季のはじまり…
遠くのほうに黒雲の大きな固まりが見えたかと思うと、間もなく雨の匂いのする強い風が吹き始め、乾燥したそれまでの空気と入り交じる。そして数時間後には、埃っぽい道路や屋根の上、そして新しく切り開かれた畑の上に大粒の雨が落ちてくる。この最初の雨が通り過ぎると、空気中の埃は雨といっしょに地面に落とされ、真っ青な空と強い太陽の日差しが戻ってくる。一年で最も暑い季節の始まりである。」
風の匂い、埃っぽさ、日差しの強さ・・・それらを五感で思い出せる。
最初は全然興味の湧かなかったガーナの歴史、政治情勢。今はなるほどなぁと思う。ガーナはまだまだ激動の歴史の中を動いているという感じがする国。あの時見たものにはこういう意味があったのか、あの時の人々の反応の裏側にはこういう事実があったのか等、自分が見てきたピンポイントの場面、画像が、本の解説によってつながった。
どれだけ集中してガーナという国を見られた2年間だったかは分からない。でも、確実に様々な事を感じ、実体験として自分の心に刻むことのできた2年間だったと思う。
これが今後どのように自分の外に出てくるか、それはまだ分からないけど、まぁ、ぼちぼち行きます!
ドイツ経由で帰国。フランクフルト駅
今日から2日間は帰国後研修を受け、明日実家に帰ります。
違う国に派遣されていた会う人、会う人に「黒くなった!」と言われて、分かってたショックを受けながらも、ガーナに赴任する前の2か月ちょっとの研修で仲良くなった人たちと再開して、それはそれで懐かし楽しい☆
日本の感想
1、時差ボケが強烈。眠いというか、特に午後は体がふわふわして、奇妙な感覚。
2、やっぱ電気の明るさは素晴らしい!
3、シャワーが出る。しかも熱湯が出て、水の勢いもスゴイ!
4、日本人の奇行(今の私から見ると・・・電車で皆が皆、携帯触ってるとか)が目につく。
5、今まで周りがガーナ人だったから、ふと感じたことをポロっと言っても誰にも分らなかったのに、ここは日本なので、迂闊に独り言とか言えない。
6、歩くスピードが速い。日本人、ぶつかっても、人を押しのけても謝らない。(東京だけ?)
7、テレビに知らない人がたくさん出てる。
8、ほとんどの物が高い。寿司1艦、1400円にはビビりました・・
半年前にも一時帰国してるけど、その時以上に逆カルチャーショックを感じている気がする。。研修の中でも、1~2か月はゆったりと日本に適応するようにと言われました^^;ガーナにいる時は日本人の私を強く感じていたけど、日本にいると日本人な自分を少し遠く感じるような。
いよいよガーナを去る日が来ました。
同期のみんなと
今は「もう2年経ったんだな~」という一言の感想。
当日になっても、まだあんまりガーナにもう帰ってこないという実感がない。
なので、とりあえずJICAと配属先に提出した最終報告書を一部添付してみます。
「ガーナでの生活は、辛いこともたくさんあった。悲しくて、悔しくて、泣いたこともあった。でも結果として、この2年のガーナでの経験は自分にとってプラスになったと思っている。「楽しいけど辛かった」ではなく、「辛いけど楽しかった」と言える。
任期終了の2ヶ月前、ある本で次のような内容を読んだ。「日本人は日本人のようであって初めて価値があり、ガーナ人はガーナ人のようであって、初めて価値がある。」歴史も文化も気候も全てが異なる西アフリカのガーナの人々が、日本人と同じように考え行動するとしたら、この2年間で抱えたいくつかのフラストレーションは無かったかもしれない。しかし、いろんな周囲環境の影響を受けながら生きているのが人間だとしたら、全てが自分と同じである方が不気味であり、人間らしくないと言えるかもしれない。そして、ガーナ人がガーナ人のようでなかったら、今のガーナは存在していないだろう。今まで関わってきたものほとんどを、きっとこれがガーナ人のやり方なのだと思えるようになった。ガーナに来て、1年10カ月で溜まってきたモヤモヤが、ようやく残り2ヶ月の時点で晴れてきた気がした。違う考え方の人間だからこそ、成り立った授受作用は確かにあったと思えるし、私自身の思考にも確実に影響を与えてくれたガーナの人々だった。日本では病院という常に忙しい現場で働いていたためか、赴任当初から何ができるだろう、何かしなきゃ、私がここに存在する意味のようなものが何か欲しい…といった思いで、活動をしてきた。やって良かったと思えること、やらなくても良かったかなと思うこと、やらなければ良かったと思うこと、やりたくてもできなかったこと、色々ある。でも同時に、たった2年という短い期間で、結果が出るような事にどんな深みや重みがあるだろうかということを思うようになった自分もいる。それよりもガーナという場所に馴染み、人々の間に溶け込み、生活、活動を共にするための大切な2年間であったと思う。その中で、少しだけでも何かのきっかけになることをここに残せていたなら、それで良かったのだと思うから、今はあまり後悔はない。それよりも2年間をここで過ごせたという満足感の方が強いのかもしれない。だから、これから日本に帰って、ゆっくり自分のガーナでの2年間を振り返ってみたら、もっといろんなことに気付くのだろう。
国際協力について、援助の在り方について、この2年間いろいろ考えさせられたが、結局私自身は、発展途上国で働くことに関心を持てるし、自分と価値観や文化の違う人々と交流するのが好きなようである。だが、今度この場に戻ってくるのは、もっと自分の専門性を発揮できるようになってからだというのも、この2年間の青年海外協力隊後の結論である。私は臨床経験2年という短さで、協力隊に参加した。今の私にしかできなかったこともあるかもしれないが、現地の人々に説得性を持って何かを伝えるには、とても未熟だったと実感している。知識だけでは、現地の人々の積み重ねてきた経験にはかなわず、技術援助どころか、対等にもなり難い。帰国後は、ガーナで知った人間らしい母子の強さ、ガーナで再認識した助産という仕事の魅力を糧に、助産師としてもっと経験を積みたいと考えている。そして、その傍ら国際NGOなどとも接点を持ちつつ、国際協力について考える機会を持ち続けたいとも思っている。」
これだけは一度やってみなければ…!と思いつつも、2年間できなかったこと。
それはアフリカンヘアスタイル。
ガーナ人の髪の毛の質は、日本人とは全然違ってストレートに長く伸びないので、ほとんどの大人の女性は人工毛やウィッグをつけておしゃれを楽しんでいる。黒人レゲェシンガーとかでよく見るアフリカっぽいのはラスタヘアと呼ばれ、私もこれを一度やってみたかった。日本でやる勇気はちょっとナイけれど、せっかくアフリカにいるんだから、帰る前にやってみとかないと!と思い、ついに帰国寸前に実現!
私がやったのはコーンローと呼ばれるスタイル。
【感想】
地肌が引っ張られてちょっと痛い。
地毛だけではこんなに編めないず、かなりの量の人工毛をつけるので重い。
シャンプーできないので痒い。むれる。
仰向けで寝れない。
ってことで、通常ガーナ人女性は1つのスタイルを3週間~1ヶ月キープするのだが、私は2日でギブアップ。まぁ、このスタイルで長時間のフライトを経て日本に帰国するつもりはさらさらなかったのだけど、予定より1日早く取り去りました^^;
でもガーナ人には大好評だったし、とりあえず体験したという事実に満足☆